【なぜ大きな災害となったのか?】


豪雨のしぶきで白く霞んだ伊那市の三峰川周辺(7月18日)


矢印の示す茶色い部分が風化して粘土化した難透水層の「塩嶺累層」
●は土石流被害が発生した場所
図:天竜川上流域地質図

上伊那北部地域から諏訪地域に被害が集中したのはなぜか、それには二つの大きな要因があります。 今回はその二点の概要を紹介します。 次回以降にそれぞれについて詳しく解説し、そこから何を学ぶか、この経験をどう活かすべきかを考えていきます。
■1.長時間の強い雨 日本列島に停滞していた梅雨前線に台風4号から暖かく湿った空気が流れ込み、同じ場所で強い雨が長時間降り続いたため辰野観測所では24時間で246mmと観測史上最大の記録的な豪雨となりました。
このような雨の降り方は55年前の「三六災害」の時も、約300年前の「未満水」の時も同じでした。
■2.崩れやすい地質 土石流が発生し、大きな被害となった岡谷市においては、その発生要因として地質特性が指摘されています。簡単に言うと、土石流発生場所の地質は、風化して粘土化した地質の上層に 水を含むと柔らかい泥になる表土が乗った状態で、多量の雨水が浸み込みきれず、一気に吹き出した泥水とともに土砂と樹木が谷を駆け下って下流を襲ったのです。
参考:「忘れまじ豪雨災害」(岡谷市,H19年発行)

ここであげた2つの要因(気象と地質)については、伊那谷の成り立ちや地形・地質・災害の専門家に詳しくうかがい、次号以降にその内容を掲載の予定です。