11/15の「伊那谷遺産巡り」では、与田切川流域の百間ナギによる土砂生産と砂防事業への参加者の関心が予想以上に集まりました。その時、時間の都合で車中からの紹介にとどめていた与田切川沿いに建つ碑のことを、改めて詳しくご紹介します。今から300年前、伊那谷を襲った大水害から難を逃れた住民の体験記録を伝える数少ない「遺産」です。


与田切川と隅の木碑の位置関係(与田切大橋から撮影)


碑文

その碑は飯島町本郷の河岸段丘中程にひっそりと建っていて、それと聞くまで気づかれない存在です。 昭和4年建立。花崗岩に刻まれた碑文は次のように伝えています。
『この地には隅の木と称す栗の木があった。正徳五年未満水の時、与田切川が氾濫し、沿岸の田家が概ね流出してしまった。人々はわずかに身を以て免れ、隅の木の陰に集いて危難を脱することができたという。この隅の木の老朽化が進み伐採することになった時、その恩を後世に伝えるためこの碑が建立された。』
注目すべきは、当時の住民がこの場所まで避難して助かったことと、その位置が正確に示されている事です。後世のために先人が残した体験記録は、300年経った今でも地域に受け継がれ、土砂災害の恐ろしさを伝える象徴として祀られています。

※広報誌かわらんべ第147号(2015年)に掲載(掲載当時は伊那谷遺産に登録されていませんでしたが後日登録されました)