松川沿いの崖で、工事に伴って巨石を含む露頭が現れました。これらの巨石はいつ、どのように運ばれてきたのでしょう。
飯田市大休地区は、松川が山地から盆地へ流れ出た場所にあたります。本来ならここから下流に扇状地ができます。ところが実際の松川は、大休の平らな面を30mも掘り込み扇状地をつくっていません。現在の松川流域が緑に覆われているからです。
崖の上の礫層は、おそらく7~1万年前の最終氷期の堆積物でしょう。氷期には、森林限界が1500mまで下がり、周囲の山々の上部は禿げ山になっていました。そのため土砂が活発につくられ、谷は埋まって大休から下流に大きな扇状地ができていました。
崖の礫層は、寒冷期には土石流が激しく起こっていたことを示しています。

(飯田市美術博物館 村松 武)

伊那谷には、土石流の歴史を刻んだ地層を観察できるポイントがいくつかあります。代表的なのが与田切大橋ですが、飯田松川でも観察できました。