上:三六災害の山つなみが吉田川原を埋めた
左:大島川の山つなみが造ってきた土石流扇状地
【写真・図の出典: 「伊那谷の土石流と満水」
(1991,飯田市美術博物館・伊那谷自然友の会)】

くり返した山つなみの里 高森町「出砂原」
(注:「山つなみ」とは→「土石流」のこと)

高森町の国道153号線に出砂原(ださら)という珍しい地名の交差点がありますが、この側を流れる大島川の“山つなみ”が出砂原の土地をつくりました。つまり、出砂原の土地は縄文時代からくり返し発生してきた山つなみの産物なのです。
過去の山つなみは豊丘村田村交差点まで達しています。約300年前の正徳5年の“未満水”での山つなみは、濁流に満ちた天龍川をせき止めて、泥の海を出現させました。その泥の海は高森町最北端の「竜ノ口」まで達したと記録されています。52年前の三六災害で発生した山つなみは、今の厚生連病院から吉田川原の一帯を、砂河原に一変させてしまいました。
JR市田駅ができる前までは、今の出砂原交差点から市田駅周辺の一帯には、山つなみが残した土石流の丘が残っていました。私の小学生時代、山つなみで運ばれた花崗岩と、そこに広がるアカマツ林の丘は、少年たちの遊びの舞台でした。

(松島信幸:伊那谷自然友の会)